2020年09月27日

大賞を逃した短編小説

 つい先ほど、女優の竹内結子さんが亡くなり、自殺とみられる。とテレビが速報していました。ここのところ芸能界では自殺が多くなっているように感じます。何か連鎖を引き起こすような要因が芸能界にあるのだろうか・・それともこれもコロナ禍による一つの現象なのか。

 さて、あの緊急事態宣言の自粛生活のとき、幻冬舎という出版社が短編小説を一般から募集するコンクールを開きました。私も週末などはかなり時間がありましたので、学生時代にやったアルバイトの経験を元に一万文字ほどの短編を書いて応募してみました。すると・・先日同社からあまりにも過分な講評が届きました。そこには「短編作品でありながらここまで読者を作品世界へと惹き付けて最後の頁まで捲らせるのは、感情の機微を繊細に描き出す著者の文章力があるからだろう」と。
 ま、褒めるだけ褒めて、高額な自費出版を勧められるセールスだろうと思いますが。でももし、週末のひととき、お時間あるようでしたら大賞受賞の一歩手前まで行った(幻冬舎談)と言う作品を読んでみて頂けるとうれしいです。

 引越屋
        作・長田進治

「おい、いいかげんにしろ! 嫌がってるじゃねぇか」
 ドライバーの鴨さんが、真っ赤なジャージを着た男の前に立って言った。
「なにい? 余計な口出しすんじゃねぇ」
 鴨さんはお客さんを部屋の奥に下がらせ、分厚い胸板を男のあごにすり寄せる。
「上等じゃねぇかこのやろう、そっから一歩でも入ってみろ、不法侵入で警察呼ぶぞ」
「チッ」
 ジャージの男は舌打ちをすると、外階段をダンダンと音を鳴らせて降りて行き、自転車のかごにティッシュの箱と、プロ野球チケットの入った封筒を投げ込み、「なにが聖徳太子だこのやろう」と、捨てぜりふを吐いて走り去った。
「さあ、もう大丈夫」
 ふり向いた鴨さんは、照れたような顔をお客さんに向ける。
「ありがとうございます、怖かったぁ…」
 お客さんと呼ばれたのは、この春女子大に入学するという髪の長いキュロットスカートの女の子。自転車の男は毎朝新聞の勧誘だが、ほとんど見た目はチンピラだ。今は引っ越しシーズンの年度末、勧誘で小遣い稼ぎをしているこの手の男たちはまさに稼ぎ時だろう。都内の住宅街やアパート、マンションの立ち並ぶ一帯を走り回っていれば、引っ越し作業をしている現場などいくらでもある。やつらは俺たちが荷物を運んでいる傍から荷主に近づくと「こんちわぁ、新聞の手配はお済みですかぁ」と、猫なで声を出す。今日吉祥寺のアパートで出くわした男はたちが悪く、お客がいくら断ってもしつこく付きまとい、褒めたつもりか「お姉さん大きな胸してるねぇ」と言ったところで鴨さんが割って入ったというわけだ。
 そうそう、俺と鴨さんの二人は引越屋。都内を中心に聖徳太子をシンボルマークにした、三十台のトラックを運行する「聖徳引っ越しセンター」の社員だ。俺たちにとっては仕事のたびにハイエナのようにやって来る新聞勧誘は見慣れた風景で、お客が男ならどんなに強引な勧誘を受けていても放っておく。しかし今日のようなかわいい荷主の場合は別で、鴨さんの魂胆はもちろん別にあり、必ずこのあと彼女の電話番号を聞き出しナンパに走るのだ。
「あの人、また来たらどうしよう」
「大丈夫、何かあったら電話ちょうだい、また来るから」
早速そんな会話が聞こえる。引っ越してきたばかりの心細いところへチンピラのような男にしつこくされる。そんな時にリーゼントヘアーにトンボのようなサングラスをかけた、背の高い、しかも優しい男に助けられたら、彼女もきっと気をゆるしてしまうのだろう。

 さて、引っ越しと一言に言うけれど、それをする時、人は大なり小なり人生の転機を迎えている。小さな家から大きな家へ、俺ら引越屋へのチップもはずむ幸せな引っ越しもある。特に、夢のマイホームを手に入れた家族の引っ越しなんて、手伝う俺も幸せな気分になる。しかし、そんな時ばかりではない。昨日鴨さんと行った目黒のお宅は、レンガ積みの立派な外壁の家で、住人は老夫婦と若夫婦、小学生二人。しかしその暮らしは行きづまってしまったらしい。革張りのソファーや豪華な家電は運ばず、トラックに積んだに荷物の中で最も大きかったのはきらびやかな仏壇で、縦横二メートルはあるしろ物だった。これだけは白い手袋を着けさせられて運んだが、引っ越し先の戸建て六畳二間の借家に入れるにはあまりにも大きく、一間はこの仏壇と付属品で一杯になってしまった。しかも言われた方角にこの仏壇を置くと、何より先に若いお嫁さんが仏壇の中をしつらえ、老夫婦と共にお経をあげ始めたのだ。呪文のような声を聞きながら残り一間の六畳で膝を抱える孫二人。そこに積み上げるように運んだ荷物に囲まれて、今夜この六人はどうやって眠りにつくんだろう。子供たちに向かって「今夜は… 」と言おうとすると、鴨さんが俺の腕を引いたので、その言葉を飲み込んだ。
「バカ野郎、お客の人生にいちいち関心持ってたらこの仕事やってらんねぇぞ」
小声で言う鴨さん。そんな人生の悲喜こもごもに出会うのが、引っ越し屋の仕事なのだ。

「鴨さんこの前の吉祥寺の女の子、どうなったの?」
「えー」
 ソッポを向いてタバコをふかしている。
「えーじゃなく教えて下さいよ」
「まいったまいった、ありゃだめだ」
「なんすか、まいったって、またなんかやらかしちゃったんすか」
「アホ、なんもしとらんですよ俺わぁ、ただな…」
「ただ、なんですか」
「冷蔵庫の効きがわるいから来てって言うからよ、部屋へ行ったんだ」
「えー! 早速行ったんすか? 手が早えー」
「ばか、最後まで話は聞け」
「あ、はい」
「おビールでも飲みます? なんて、冷えたビールを出すのよ」
「うんうん、あれ、冷蔵庫冷えてんじゃん」
「そうよ、つまり俺を呼び出す口実よ」
「うわー、積極的な子ですね」
「そしたら何よ、ビール飲みながら話聞いたら女子大生なんて真っ赤なうそ。銀座の高級クラブのホステスだってよ」
「えー! あんなかわいい顔してホステス」
「それがよ、なかなかお客が付かねぇとかでよ、このままお店まで同伴してもらえませんか? だってよ、かんべんしてくれよっての、俺に高級クラブなんか行く金あるわけねぇだろっ」
「げーっ、同伴てつまり… カモにされかけたってことですか? 鴨さん」
「うっせぇこの野郎、それ言うんじゃねえテメェ」
「あっ、痛い、やめて、痛い… 」

「なに騒いでんだぁ」
「あ、シゲさんお疲れさんです」
 鴨さんは俺から手を離して軽く頭を下げる。
「おい鴨、お前いつまでも落ち着かねぇで、ナンパばっかりこいてんじゃねぇぞぉ」
「え、いやナンパなんて… はい、すんません」
「お前、荻窪のスナックに行ったろ」
「え、なんで知ってんすか」
「バカ、俺をだれだと思ってんだよ、あの辺り、昔は俺のシマだったんだ、知ってんだろ」
「あ、はい」
「新入りの女の子のケツ追っかけて、お宅のリーゼントのお兄さんが来たって、ママが言ってたぞ。会社の制服で飲みに行くんじゃねぇ、バカ野郎」
「あっちゃー」
「しかもたった6千円のお代を払いきれなかったってぇ?  みっともねぇことしてんじゃねぇよ」
「……」
 シゲさんは鴨さんのおでこを小突くと俺の方を見た。
「おい、タクミ、風呂入れたか?」
「あはい、今、はい洗うところです」

 ここは杉並にある会社の寮。寮と言えば聞こえは良いが、一、二階とも四部屋の木造アパートと駐車場を会社がまるごと借り上げ、社員は自由に寝泊まりして良いことになっている。二階の一番奥のこの部屋は、ドライバーの中で一番の古株、六十才を過ぎたシゲさんと、そのお世話係のようになっている鴨さん、そしてそのまた下っ端の俺が主に寝泊まりをしていて、夜になると更に何人かの社員が酒やつまみを持って集まって来る。シゲさんは風呂の入れ方にはうるさくて、ちゃんと掃除していなかったり、ぬる過ぎたりするとゲンコツが飛んでくる。きゃしゃな背中に掘られた般若の刺青がちょっと自慢で、元はヤクザの組員だったそうだ。社員のみんなはそんなシゲさんのことを陰では「ヤッさん」と呼んでいる。ヤクザだったからヤッさんではなく、実はその見た目が横山やすしにそっくりだからだ。

「ぷっ… 鴨さん、銀座の高級クラブじゃ、なかったんですか? 」
「うっせー、このやろ、誰かに言うなよこのぉ」
「痛て、ちょっとほんとやめて下さい、痛い、どこまで本当なんですか、みんなにバラしますよ、あっ痛っ」
「おおーっ、早く風呂入れろバカタレ!」
 ゴツッ、やせたシゲさんのげんこつは、声でハッタリをかますわりに、少し手加減がある。

「お疲れー」
 次々とドライバーや助手が帰って来る。早速洗濯機を回す人もいれば、道をはさんで向かいの電話ボックスから家族に電話を入れる人。身分もシゲさんのように元はヤクザだった人もいれば、過去は一切口にしない人、地方から出稼ぎに来ている人、本業のカメラマンでは生活できずこの仕事をする人、網膜剥離のプロボクサー、会社を倒産させた元社長… いろんな人がいて、複雑な人生の交差点みたいなところだ。
でも、頑張った分だけ稼げる歩合給の仕事に、寝泊まりできるヤサがある。おまけにお客によっては二千円とか三千円のチップをくれることが結構あり、食費はだいたいこれで賄えて給料はしっかり貯金できるのがこの仕事の良いところ。自分のような大学生は時給だが、引っ越しスーズンの三月には勤務時間が一日十五時間を超える事もあり、かなりの稼ぎがあるのだ。

「今日は笑えたよ、まったく」
 秋田から出稼ぎに来ている学さんが風呂上りのタオルを首にかけ、ちゃぶ台にならんだ缶ビールに手を伸ばしながら言う。
「何よ?」
 鴨さんがテレビのボリュームを落とそうとすると、その手をシゲさんが払いのける。
「あれ、またシゲさん金妻っすか」
「うるせー、今いいところなんだよ」
「アイムジャスタウーマーン♪ ハハハン♪ フォーリンラーブ♪」
 シゲさんのいつもの鼻歌が始まった。
「何よ笑えたって」
「そんれがよ、石油ストーブ、石油抜いてねぇのよ」
「よくあらぁ、んなこと」
「そんでも空焚きしてるひまねぇべ、だからよ、客のばあさんによ、ティッシュとか脱脂綿とか、石油こぼれないように詰めとくもの何かありますか? って聞いたのよ。そしたらよ」
 オチを言おうとする学さんの赤い顔は、今にもはち切れそうだ。
「ばあさん持って来たの、女のアンネ。これならよく吸うでしょって、俺思わず聞いちまったよ、おばあちゃんまだ月のものあるのかって」
「いくらばあさんでもそりゃお客に失礼だべ」
 笑いながらだれかがチャリを入れる。
「そしたらよ、後ろからお嫁さん出て来て、おばあちゃんそれ私のよ! はずかしぃーって、はぁ笑った笑った、さっき電話でくにの女房にも話してやったっけさぁ」
 そんなハプニングは毎日のように酒の肴になる。例えば洋服ダンスの引き出しは全部抜き出しておいて下さい。と、事前にお願いしてあるはずなのだが、これが案外忘れられていることが多い。そんなときは「重いので引き出しは別に運びますね」とお客さんにことわってから引き出しを抜いていくのだが、開けてみると中にはちょっと視線を合わせづらいものが出て来てしまうケースもあり… 透け透けの下着とかならまだしも、つまり大人のおもちゃとか…(笑)。それからこんなこともあった。全ての荷物を運び出して最後に台所の天袋をチェックしたら、ダンボール箱に入ったSM道具が出て来たのだ。だまって見ないふりをしてトラックに積み込んだけれど、いかにも平凡な中年のお客さん夫婦が、SMに興じている様子を思い浮かべると、他人には言えない興奮を感じてしまったり…。不謹慎だけれどそんなときが何だかこの仕事って面白れぇなぁ、と感じてしまうひとときなのだ。そしてその話を夜の寮で披露して、みんなで笑える。
「俺んとこなんかよ… つぶれた会社の債権整理よ」
 笑いの輪に入らず焼酎を飲んでいた、まだ新入りのおっさんがぼそりと言う。
「ああ… 差し押さえ物件の移動か」
「そう、不動産屋の事務所のよ、赤い紙貼ったソファーだの机だのってよぉ、俺は見るだけで涙出ちまってよ。お前らにゃ分かんねぇだろうなぁ… この気持ち」
「おいおいまた泣きじょうごが始まるぜ、やめてくれよなぁ、あんた」
 会社をつぶして家族と別れて暮らしているこの人は、なぜかそういう仕事ばかりついてしまうことが多い。


 翌日の仕事は朝五時に寮を出た。東名高速を下って厚木の社員寮に六時前着。ダンボールにして三十個ほどの荷物と家電をトラックに積むのにわずか十分。お客さんを運転席と助手席の間に乗せ、世田谷のアパートへ。同じくあっと言う間に荷物を降ろし、一発目の仕事は七時過ぎに終了。コンビニに寄って朝飯を食いながら会社に無線を入れ、次の仕事をもらう。高田馬場にある本社には一二階をぶち抜いた壁いっぱいに都心の地図が広がっていて、三十台のトラックがどこにいるか、号車番号を書いた赤い磁石を動かすことで常時位置を把握している。
「荒川区、はい西日暮里、はい、三の…」
 鴨さんが次の仕事場所をメモし、俺が地図を開く。指さした目的地を一瞥すると鴨さんはもうトラックを発進させる。
「今日は何発行けますかねー」
「数行ったって、今みたいな安い仕事じゃ歩合になんねぇよ」
 確かに今の仕事は二万円程度の軽い仕事だ。
「次のはワンルームって言ってましたけど、安いんすか?」
「居抜きだ。金はかなりいいけど長距離で時間がかかる。ソッコーで詰めるぞ」
 居抜きとは、荷物の梱包がされていない現場のことで、我々が梱包も含めてやる仕事のことだ。最低でもこの日五軒は仕事をこなしたい鴨さんからすれば、梱包にかける時間が勝負といったところ。
 首都高を走る。
「タクミぃ。お前こんなバイトして金貯めて何すんの?」
「俺っすか、俺、アメリカ行きたいんすよ」
「アメリカ?」
「はい」
「ウルトラクイズでも出んのか?」
「まさか、そんなんじゃないっすよ、クイズ苦手だし、ってか高校時代の友達がいるんすよニュージャージーってところに」
「女か?」
「まっさか、鴨さん何でも女に結びつけますよねぇ。それより鴨さんの方こそ、別れた奥さんとか子供、会ってんすか」
「女房?」
「はい」
「ああ、たまにな」
「鴨さん若い頃暴走族のリーダーだったんでしょ、奥さんてやっぱりツッパリのレディースとかだったんすか?」
「バカ、そんなんじゃねぇよ」
「そうすか」
 窓ガラスを空けるレバーを半回転だけ回して、鴨さんはタバコに火をつけた。三月の風はまだ冷たい。
「がんだってよ」
「え? なにがっすか」
「女房だよ、乳がんだって」
「まじっすか…」
「上のガキが中学入ったら、吹奏楽部でクラリネットだかなんだかやりてぇって言ってたんだ。だけどよ、この前会ったときに入部するのやめたって言うから、なんでだって聞いたら言やがった。母ちゃん、がんだって」
「そおっすか」
「クラリネット代が助かったわ」
 ティアドロップのサングラスをすり上げた鴨さんの横顔を見てもいられず、俺も窓ガラスを少し開けてみた。

「よし、着いたぞ」
 鴨さんの声に、うつらうつらとしていた俺は急いでトラックを降り、ワンルームマンションの玄関に向かった。
「こんにちはー、聖徳引っ越しセンターです」
入り口で待っていた、不動産屋らしい老人に声をかけた。
「ああ、聖徳さんね。本当にトラックに聖徳太子の絵が描いてあるんだね」
「ああ、はいそうなんです、もう一万円札はあれじゃないんですけどね」
 鴨さんが入り口に近い位置にトラックを着け、俺は手早く荷台のドアを開け、中からダンボールの束と毛布を取り出す。鴨さんは老人と少しの間言葉を交わし、「おい三〇二だ」と声をかけて階段を上がって行った。
 何しろ時間の勝負だ。部屋に入ると男性の部屋だと分かる。全体を見渡し「大きいの、先に積んじまうぞ」と鴨さん。ツードアの冷蔵庫を開けて中身が無いことを確認すると、コンセントを抜いて俺の方を見る。俺は冷蔵庫に背を向けてしゃがむ。鴨さんが持たれかけさせた冷蔵庫の角に手をかけると両脚を踏ん張って腰を跳ね上げるようにして持ち上げる。この程度の物なら一人で運んだ方が早い。
 続いてベッドとスキーの板が入ったケース、小型テレビなどを運んでしまうと、できた空間にダンボール箱を広げ、机の物、衣類、割れ物などと分けて梱包して行く。
「ここの人小柄ですねー」
 下駄箱の靴は小さめだった。そして履かない靴には新聞紙が丸めて詰めてある。
続いて取り掛かった本棚にはサザンやユーミンのアルバムをダビングしたカセットテープが、丸文字で手書きされたタイトルでずらりと並んでいた。
「几帳面な人なんすねー」
 俺が言っても鴨さんは黙って作業を進める。作業中いつも鴨さんは口数が少ない。
ふと、本棚の一番下にあったラジカセを見ると、プレイとポーズ、つまり一時停止のボタンが押したままになっている。何となく興味が湧いて、そのポーズのボタンを押して解除してみた。すると、ユーミンの曲がにぎやかに流れ始めた。♪ゲレンデのカフェテラスで♪滑るあなたにくぎ付け♪
「バカやってんじゃねぇよ」
 鴨さんはコンセントを抜くとラジカセを取り上げ、またポーズボタンを押すと段ボール箱に入れ、動かないように新聞紙を丸めて詰めた。
「大事にあつかえ」
 鴨さんにしてはめずらしい事を言うなと、思った。

「それじゃ行きますんで」
 八畳ワンルームの荷物を梱包して積み込むのに一時間とはかけなかった。トラックに乗り込むと、室内の確認を終えた不動産屋のおじいさんが、ちょっと待てといった身振りをする。何かあったかと待っていると、近づいて来て缶コーヒーを差し入れてくれた。
「道中遠いから気を付けてな」
「福島のいわきですから、常磐道とばして二時間で行きますよ」
 鴨さんは帽子をとって運転席から缶コーヒーを受け取り一瞬動きを止めた。
「あれ、お二人だったかねぇ… 三人かと… 一本多かったけど、まぁ喧嘩しないで飲んで下さい」
「ありがとうござっす」
 日も上がり、うっすらと汗をかいた身体に風を受けながらトラックが走り出す。俺は鴨さんから受け取った缶コーヒーのうち一本のフタを空けて鴨さんに渡し、自分の分は一気に飲み干した。
「もう一本どうします?」
「よこせ」
「あ、ずりぃ、じゃんけんで決めるっしょ普通」
「バカ、いいから早くよこせ」
 鴨さんは受け取った缶コーヒーをジャンパーのポケットに突っ込んだ。
「見えちまったんだろうよ」
「え? 何が見えたんすか?」
「もう一人よ、じいさんには」
「なんすかそれ」
「自殺だったそうだ」
「え―、マジっすか? ちょっと待って、それこの荷主のこと?」
「そう、マンションの屋上から飛び降りたって」
「げー… 教えて下さいよそういうこと、運ぶ前に」
「言ったところでどうしようもねぇだろ、言えばみんな嫌がるから会社も事前にゃ教えねぇし、俺もじいさんから聞いて知ったんだよ」
「マジかぁ… で、その三本目って… 見えたって… そういうこと…」
 俺は鴨さんと俺の間にある空席からちょっと体を離して「まさか、乗っちゃってます…?もしもーし、もしもーし」
「バカ! くだらねぇことしてんじゃねぇ」
 頭を小突かれた。

 常磐道を快走し、いわき勿来インターを降りたトラックは山間へ進み、まだ積雪の残る田畑を見ながら一軒の農家にたどりついた。
「まあ、まあ、遠いところをどうもどうも… 」
 迎えに出た初老の夫妻は縁側に用意したお盆の茶菓子を広げると「どうぞまぁひと休みを」と勧めてくれる。「いや、時間がありませんので」と言った俺の横を後ろからすり抜けた鴨さんは「すみません、じゃ一口だけ」そう言って立ったまま茶碗に口を付けた。そしてその視線の先には、座敷の奥の仏壇があった。
「お線香あげさせてください」
 仕事に取りかかる前、鴨さんに促されて俺も靴を脱ぎ、仏壇の前に立つ。
「?・・・ 」
 鴨さんはポケットから缶コーヒーを取り出すと遺影の前に供え、線香に火を点けた。
「かわいそうな娘でね…」
 背後から声をかける母親の言葉と、明らかに女性の姿をした遺影に俺の頭は混乱する。
「さ、運ぶぞ」
 トラックに上がって荷物を降ろしやすいように荷台の隅に寄せながら、鴨さんは小声で「なかなか複雑だな」と言った。

「この仕事やってっと、色んな場面に出くわすなぁ」
 とりあえずトラック走らせ、ちょっと広めの道に停めると鴨さんはタバコに火を点けた。
「女の人だったんすねぇ」
「そうらしいな」
 昼めしを食って行けと言う夫婦の誘いを丁重に辞退すると、代わりに新聞紙にくるんだ山芋をどっさりと頂き、俺たちは農家を離れた。
「めしなんか食って思い出話でもされたらたまんねぇからな」
「ですよねぇ… でもあのユーミン、誰かに聞かせたかったんじゃないっすかね」
 遠くの山にスキー場のゲレンデが見えていた。
「これから戻ってまだ二発くらい仕事できますよね」
「ああ、今電話入れてみるわ」
 都心を離れると無線機は通じない。黄色い公衆電話を見つけた鴨さんは、タバコをもみ消すと車を降りて行った。「ちょっとかんべんして下さいよぉ、事故物件ならそう言ってもらわないと」そんな会話が聞こえる。「ま、いいですけど代わりにいい仕事下さいよ、うん、うん、ええ、ああ」
 ちょっと長めに続いた会話を終えると、鴨さんはまたタバコに火を点けながら運転席にもどった。
「帰って軽いの二本。そのあと深夜指定の仕事だ」
「深夜?」
「午前二時渋谷の広尾」
「二時に引っ越しっすか」
「ああ、また一つ面倒な…」
 鴨さんがまだ長いタバコをもみ消した。
「面倒な、なんすか」
「人生が待ってらぁ」

posted by おさだ at 10:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感

2020年09月26日

最近思うこと

 社会のデジタル化が進み、これをテコに中国が世界に覇権を唱えようとしている今、これから先の社会変革を考えようとすると「個人のプライバシーをどこまで守るか」ということが、国家運営の大切な課題になります。
 ご存じの通り、中国やロシアといった社会主義・統制型の国では、個人のプライバシーはあまり尊重されず、例えば街角の防犯カメラに映った映像の顔認証機能で、信号無視の歩行者やゴミのポイ捨てをする国民を取り締ったりすることが行われています。国民の銀行口座もだれがどこの銀行に口座を持ちいくらの貯金があるか政府が感知してして、例えばコロナ禍に関して、政府が国民に給付金を配ろうとするとき、それは即座に実行することができます。携帯電話の番号も通話記録も、政府がそれを知りうる体制をとっています。もちろんこんなことが私たち日本人や自由を尊重する米国や欧州の国民に受け入れられるはずがありません。しかし、中国はこうした情報の統制をすることによって、あれよと言う間に強大な近代国家を作り上げました。そして大事なことは、中国ではこうした個人情報の政府統制を国民が受け入れているということ。
 これから迎える、デジタルトランスフォーメーション(DX)社会の覇権を日米欧が握るか、中国に奪われるかによって、日本という国の優位性は大きく変わります。もちろん中国に奪われれば、我が国は極めて厳しい環境の中で、中国の脅威に怯えながら国家運営をすることになるでしょう。下手をすれば、我々日本国民のプライバシーを中国政府に奪われるといったことにもなりかねません。
 そうした中で、菅内閣がデジタル庁の新設に乗り出しています。
 情報を管理し、社会を良くするための技術については、我が国は大変高いものを有しており、かつ国の隅々までそうしたことを行き渡らせることができる国家体制を維持しています。政府もデジタル庁の創設を機に、新しい時代に向けて相応の体制を構築してくれることでしょう。でも、大事なことはそうした際に国民のプライバシーをどこまで尊重するかが問われるということです。DX時代に、他国との競争に勝ち、国として強く、豊かであろうとすれば、国民のプライバシーはある程度政府に対して開放して頂きながら行政施策を進めて行かなければなりません。もちろんセキュリティーが確保されていることが大前提ですが。
 私たちが政治というものをマクロ的に見る時、いつまでも保守とか革新とか、資本主義だ社会主義だと古ぼけた教義で政治を色分けしていないで、国民のプライバシーを強く守ろうとする政治勢力と、デジタル社会の構築のために、最低限度において国民にプイバシーの開放を求める政治勢力とに分けて、国民に折々の判断を求めるような政治のありようが必要なのではないでしょうか。

posted by おさだ at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感

2020年09月24日

一般質問

 台風は東にそれてくれましたが、今日は風も強くなりそうですし、油断はできませんね。

・自殺の増加
・企業倒産
・児童生徒のメンタルケア
・店舗従業員に過剰な要求をしたり執拗に謝罪を迫るカスタマーハラスメントの増加
・サテライトオフィスの需要の増加
・テイクアウトの増加に伴うプラゴミの増加

 今行われている県議会一般質問の中で、コロナ禍に関連する質疑だけでも上記のような質問が次々と繰り出されます。今は感染の拡大が最大テーマですが、その後の社会を覆う負の現象がどれほど大きく、多岐に渡るのか・・。今後の課題は大きそうです。

 今日はその一般質問の最終日。
 行って参ります。

posted by おさだ at 06:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感

2020年09月22日

まさか

 人生には三つの坂がある・・・登り坂、下り坂・・そして、まさか。
 坂の多い街、座間で行われた市長選挙は、安定した市政運営を12年続けて来た現職の候補が新人に敗れる結果となりました。私も政治の世界に生きて33年になりますが、選挙には時々こういう事が起きるもの。甘利代議士の選挙でもまさかの敗戦を経験しましたし、かつて伊勢原市で現職市長が女性候補に敗れたときも現場に立ち会っていました。古くは参院選の斉藤文夫氏・・。敗者の顔を見るたび、私は「なんて恐ろしい世界に身を置いているのだろう・・」と、身の震える思いになります。
「鉛を飲み込んだような体で・・」と甘利代議士が落選のショックを口にしたことがあります。遠藤市長も今ころはどんな心境か・・と思うと気の毒で、かけてあげられる言葉も見つかりません。

 いずれの結果にせよ、市民の選択した結果ですから受け止めて、政治行政を進めて行く良識を持たなければなりませんね。

 こんなとき、口ずさむ歌があります。

 水戸黄門
 人生楽ありゃ苦もあるさ
 涙のあとには虹も出る
 歩いてゆくんだしっかりと
 自分の道を踏みしめて

posted by おさだ at 09:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 日々雑感

2020年09月20日

お彼岸

 暑さ寒さも彼岸まで・・昔の人は良く言ったもの。できれば、コロナ騒ぎも彼岸まで、と言って欲しいところですが、これは来春のお彼岸まで持ち越しですかね・・。

 この一週間は県議会もありましたが、座間市と伊勢原市で選挙が行われていましたので、その応援に入ったりと忙しく過ごすことができました。どちらの選挙も今日は投票日ですが、皆さん棄権せずに投票して頂きたいものです。

 この一ヶ月ほど、ペットの多頭飼育崩壊の問題に取り組んで・・あげくちょっと行き詰まってしまった出来事があり・・その事について、このあと色々書いてはみたのですが・・内容が複雑なのでやめておきます。

 季節の変わり目は体調を崩しやすいので、お体に気を付けてお過ごし下さいませ。

posted by おさだ at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感

2020年09月17日

官僚機構

 家庭・・と付けるにはちよっと広すぎるわが家の菜園。茄子がいよいよ終わったので、最後の小茄子を漬物にして初秋の味覚としました。
IMG_7915.jpg
 昨日は午後5時で議会が終わったので、控え室のテレビで大相撲を見ましたが、白鵬も鶴竜もいない中で、群雄割拠。朝乃山、貴景勝、正代、御嶽海、復活の照ノ富士、人気の遠藤・・新しい世代の力士がしのぎを削る戦いがとても見ものです。政治の世界も白鵬と同様一強と言われた安倍さんの後、大相撲のようであって欲しいと思ってしまいました。

 それにしても菅新総理、昨日の記者会見を見ていても、官僚組織に対する意識は本当に強いものがありますね。「ふるさと納税も官僚に大反対された」「外国人ビザの要件緩和では警察の反対にあった」と。政治と行政、司法は三権分立のもとにありますから、全てを政治のコントロール下に置こうとするのは間違いですが、議院内閣制の日本では、政治家が大臣や政務官として官僚の指揮をとる仕組み。それなのに頑なに立場を守ろうとする官僚機構によほど、苛立ちを感じて来たのでしょうね‥。

 県議会は今日一般質問二日目。5人の議員が質問に立ちます。神奈川県の官僚機構は柔軟で良識的ですから、国とは違います(笑)。

posted by おさだ at 08:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感

2020年09月16日

結果次第

 今日、菅内閣発足。すでに新閣僚の顔ぶれが今朝の新聞に並んでいますが、前日から組閣の人事案をリリースするのには何か狙いがあるのでしょうか。
 第一印象は極めて地味で、新味に欠けるというのが私の感想。二階、麻生という古株の影を引きずるのはいかがなものか?と率直に思います。ただ、政治部の記者などの感想を聞いていると、閣僚の多くが「その道の通」と言われる人や、副大臣からの昇格、二度目の就任など「熟練」した手堅いメンバーをそろえたという印象もあるようです。そして、河野太郎氏を行革の担当相に据えたのは目玉と言って良い人事かも知れません。縦割りの打破や規制改革を進めるという菅さんの考えは国民にとって有益なこと。しかし、官僚組織にとっては抵抗の大きいところですから、これを打ち破る人事としては河野さんの起用は刺激的だと思います。右手で行革の大ナタを振り上げながら、左手で官邸主導の人事を進め、官僚機構をコントロールするといった感じでしょうか。

 いずれにせよ、菅さん自身が言うように「結果を残さない政治家は信用しない」ということでしょうから、まさに結果に期待したいと思います。
posted by おさだ at 08:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感

2020年09月14日

今から開票作業

 自民党総裁選。神奈川県の自民党に与えられている3票の投票先を決めるための予備選挙は、すでに郵送による投票が締め切られ、今日午前9時半より、横浜市内のホテルを会場ににして開票作業が行われます。私はその選挙の選挙管理委員を務めていますので、早朝から開票会場に詰めています。そしてその結果を見て、午後から自民党神奈川県連、横浜市連、川崎市連の代表者が両院議員総会に出席して3票を投票する運びです。

posted by おさだ at 07:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感

2020年09月13日

今日から

 政策に通じ、豪胆で、国民的な人気のある人が総理大臣になってくれる事が良い事に決まっているのだけれど、それを一番警戒するのが役人というもの。霞が関の官僚の方たちは「縦割り行政の打破」を掲げる菅政権の発足を戦々恐々の思いで眺めているのではないでしょうか。
 選挙で国民の代表者を選ぶ民主主義は同時にアマチュアリズムでもあり、その政治的アマチュアをうまくコントロールして官僚主導型の統治をしたいのが霞が関。しかし、総理大臣に選ばれるであろう菅さんは、著書の中で「日本の官僚機構は世界一のシンクタンク」と評価し、「これをうまく機能させる」ことが政治の仕事だと論じています。
 安倍政権の継承を掲げている菅さんですが、そういう意味では安倍政権以上の力で岩盤規制に穴を空け、デジタル行政など、省庁の縦割りでは取り組めない課題に挑戦して頂けるのではないかと期待をしています。

 さて、今日から座間の市長、市議選挙、並びに伊勢原の市長選挙が始まります。コロナ禍、その後の経済的なダメージから回復して行くにはどういう政治家が必要なのか。私もマイクを握って訴えて参りたいと思います。

posted by おさだ at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感

2020年09月11日

インフル予防接種を無料に(65歳以上)

 私事で大変恐縮ですが、三日前に孫が誕生し、いわゆる「おじいちゃん」になりました。54歳・・ちょっと若いのかな・・でも、先日父が他界し、今度は孫が生まれる。自然の摂理とでも言いますか、そういう流れの中で生きている命というものを感じされられています。

 さて、県議会が始まり昨日は代表質問が行われ、自民党、立憲民主党がそれぞれに質疑を行いました。これに先立って行われた知事による議案の提案説明では、今秋のインフルエンザの流行防止に向けて大型の補正予算のまた補正予算を組み、65歳以上の県民が無料で予防接種を受けられるようにすると表明されました。これはインフルエンザの流行を抑えることで、これと初期症状の似ている新型コロナの患者が医療機関に混合して押し寄せるような事態を防ぐ狙いがあります。ただ、問題なのはこの国にあるインフルエンザワクチンの在庫には限りがあり、接種のできる医療機関も無限にあるわけではないということ。仮に65歳以上の人たちの例えば80%、90%の人が接種された場合、ワクチンの不足から接種を控えて頂かなければならない人たちが発生する可能性があるのです。この辺りをどう整理するのか。「無料ですよ」「そりゃよかった」では済まない、諸条件の整理が必要であるということ。市町村職員や医療機関の大きな協力を頂かなければできない事ですので、その辺りのことを県はしっかりとわきまえて事業を実施して頂きたいと思いました。

posted by おさだ at 08:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感