2005年11月27日

全体主義としての思想

 昨日は海老名市の19ある小中学校のPTA役員が一堂に会しての情報交換会でした。
あいさつに立たれた教育長さんをはじめ、先生方との会話の中で時々もれ聞こえるのが「義務教育費の国庫負担制度の維持」という問題。三位一体改革を進めて教育予算を地方に移譲しようとする政府と「国庫をやめたら教育の質が保てない。」とする中央教育審議会や現場の教職員、全国PTAなどの意見が真っ向対立している問題です。

 海老名でも各学校PTAを通じてこの国庫負担制度の堅持を求める署名活動が行なわれています。

 酔った勢いでか、ある先生は言っておられました。
 「今回の姉歯のマンション問題がそうでしょぉ。なんでもかんでも民間に任せたらああいう結果になるんですよ・・・・」

 う〜ん。
 これはちょっと別な問題のように思いますよ。今回の事件では残念ながら行政が検査(建築確認)を行なった建物についても違法な設計が見抜けなかった物件が出てきています。

 公務員でなければ、あるいは国家が保障しなければ公益の質を保てない、という考え方には賛同できません。

 いま日本という国家が直面している「やむなき改革」を前に公吏として教育に携わってきた方たちの不安はその顔をみただけでも強く感じとれます。国鉄改革のときも郵政民営化にしても当事者の思いは一様だったなのではないでしょうか。

 しかし、ここでもう一度肝に銘じなければならないのは、すでに天文学的な数字に膨れ上がってしまったこの国の借金のこと。多くの政治家がそのことをあまり口にしたがらないのは、責任ある立場の人がそれを公言してしまうとまさにこの国は「破綻」してしまうから・・・でしょう。

 今日々刻々と増殖し続けるこの国と地方自治体の借金の実態を知りたい方は↓のアドレスをクリックして下さい。

http://www.kh-web.org/fin/

 このような中で、政治家といわれる人たちがなさねばならないことは那辺にありや?
 保革の争いとか、公務員の既得権益と戦う、なんていう前時代的な発想でものを言うつもりはありません。そんなものではなく、国家そのものの構造を改革せねばならないこのときに全体主義としての思想を操れない政治家は政治家ではない。いわんや私たちの血税を食いつぶした利益誘導型の政治家とか、圧力団体の組織お抱え政治家なんてものは有害以外のなにものでもない。

 昭和の栄華は過去のこと。失われた十年を経て私たちはようやく重たい腰を上げて新しい時代を築き始めようとしているのだから。
posted by おさだ at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) |