2005年12月19日

シリーズ・県立高校改革 その3「県立高校100校計画の成果と失敗」

 長い文章になりますので、おひまな方だけお読み下さい。なお職務中の方は休憩時間をご利用頂くなど、業務に支障の無い形でのご購読をお願い致します。

 さて今日は短期間に県立高校を100校も作った教育都市神奈川のお話。

 かつて、長洲一二さんという知事さんの時代、神奈川県では県立高校100校計画という、実に壮大な計画を打ちたて、急増する子どもたちを受け入れる高校を次々に建設しました。
 それより以前「金の卵」と言われた中卒集団就職の時代から、高校に進学することが、「あたりまえ」の時代になっていく中で。「十五の春を泣かさない。」という言葉に象徴されるように、進学を希望する総ての子どもたちのために受け入れるべき高校を作ったのです。当時のスローガンは「県立100校みんなの願い!」文字通りこれは県民の熱烈な歓迎を受け、県立高校は次々に建設されて行きました。海老名周辺でも、海老名、有馬、厚木北、厚木西、愛川、座間、相武台、栗原、ひばりが丘、綾瀬、綾瀬西などなど・・・現在の神奈川県立高校の総数が152ですから、その大半がこの計画によって作られた学校ということになります。

 さていつの時代も先を見越すということは困難なもので、バブル景気の崩壊と
共に長洲県政が終わり、失われた10年を担った岡崎県政、そして現在の松沢知事へと時代が進む中で、私たちの神奈川では急激な生徒数の減少という事態に見舞われるようになりました。

 そこで神奈川県では、平成12年度から平成16年度までの期間を前期実画と位置づけ、14組県立高校を再編統合し、単位制普通科高校などの新しいタイプの高校等を19校設置、また全校における特色づくりや魅力づくりを進めるなど、多様な取り組みを展開してきました。
 平成17年度から平成21年度までの後期計画では、11組の再編統合を行うとともに、単位制普通科高校や総合学科高校のほか、中高一貫教育を行う中等教育学校や通信制の独立校など、新しいタイプの高校等を18校設置するという改革に乗り出しました。

 人口の動態や時代の変化に応じた教育を柔軟に実施して行くことは必須の課題でありますから、100校作ることもまたそれを壊すことも必要だと思います。しかしそれによって生じた負担の大きさにもまた目がくらむ思いです。

 ちなみに我が県が県立高校の建設に血眼になっているころ、東京都ではその分のお金を私立の学校に補助して学校施設を充実させる取り組みを行ないました。今になってその財政負担が神奈川に比べて軽いことは容易に想像できます。

 また神奈川では高校建設当時、同時に公務員たる教員も次々に採用しました。一方同じように学校を作ったものの静岡県では一時期に教員を大量雇用してしまうと後に教員の年齢構成がイビツになってしまうという理由から非常勤教員などを代用して新規採用を平準化するように務めました。
 今、神奈川の県立高校の先生方の年齢構成がとてもイビツで高齢化が進んでしまっているのはこういった事情によるものです。

 今、神奈川県の一般会計予算のうち、小中学校を含めた教職員に支払う給与の割合は約3分の1程度までに膨らんでいます。一年間の県全体の予算の3分の一が学校の先生の給料なのです。(くどいね ^_^; )

 一クラスの生徒数が10名とか15名と言われるイギリスの教育。しかし、教員の身分は公務員ではありませんし、報酬は日本のそれより格段に安いそうです。また職務の契約は1年ごと、指導力が足りなければ教員を続けることはできません。校長は学校経営の中で大きな権限を持ち、自分の力で有能な教員を引っ張ってきてより良い学校を作ろうと努力します。その成果を評価するのはもちろん生徒や保護者であり、結果は入学を希望する生徒の数に現れます。

 給料が高いと言って教員の皆さんと「既得権擁護」の戦いをしてゆく考えは私にはありませんが、少なくともこの国においては「公教育」というものの有り方、存在意義自体を問い直して行かなければならない時に来ていると私は思うのです。
posted by おさだ at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治