2006年03月27日

市長選に出馬?

 こんな私のことをつかまえて「次は市長選に出て欲しい。」と言われる方がときどきいらっしゃいます。その言われるところの動機は色々だと思いますが、例えば長田に市長をやらせてこの願いをかなえて欲しい。という純粋な思いからのものもあれば、現状に対する批判の現われであったり、また単に“かまをかける”ような思惑で聞かれているような感じのするときもあります。

 私ははっきりとお応えしております。「100%ありません。」

 私は最近とみに思います。市長すなわち首長(市町村長と都道府県知事を含めた総称)の職責というのは議員とはまったく違ったものだと。同じように選挙で選ばれる“政治家”であることに違いはありませんが、やるべき仕事、心構え、持つべき見識、たたえるべき風情・・・・総てにおいてそれは別物。議員は一人の侍で、その思いを目一杯表現していけばそれが少数意見であろうがその逆であろうが、あるいは現状批判のアンチテーゼであろうが一票を投じた支援者の付託に応えることができます。しかし、首長は違う。

 基本的には、自分を支援した人だけでなく反対に廻った人、無関心な人など総ての市民のために行政機関として公平の観点に立って施策を講じなければならない。

 最近では現状批判のアンチテーゼ“だけで”選挙に当選してしまうような首長も出てきて、これには実際「いかがなものか?」と他市のことながら首を傾げたくなるような気にもなります。たぶん首長に挑戦する多くの候補者は「私がやればあれもできる、これもできる。」と首長の持つ絶大な執行権に魅力を感じてチャレンジするのだろうけれど、実際になってみれば執行者ほどあれもできない、これもできない、そんな苦しみを耐えねばならない仕事は無い。というのが実情なのではないでしょうか?

 まして今のような時代、本当にやらなければならない行政施策というものは、たとえ良かれと思ってすることでも必ずと言って良いほど不利益をこうむったり既得権を失う人があり、またそれに乗じたネガティブな反応などにも出会うもの。そのことを思えば首長にとって施策の一つ一つが苦渋の決断であり、また良識ある為政者ほどそのことに胸を痛めるものだと思うのです。

 つまり、一議員としての仕事とはまったく違うし、私はその器では無いと思うのだ。

 最近あちこちの地方議会で予算案が否決される事例が報じられています。案であり、審議なのだから修正が加えられたりするのは当然アリなのだけれど、予算案が否決されるまちを見ているとその実態は首長の力量に突きつけられた疑問符なのではないか?と感じております。

「やってみたら思っていたのと実態とは大きく違った。」と感想を述べた市長さんもいるそうですが、なってから気付くのでは遅すぎるし、どうやら今の世の中、市民にとってより良い為政者であることと、選挙に勝てる人ということがどうも一致しないというのがどうにもたまらなく悩ましい。

 そんな中ですがこの度再選を果たした横浜の中田という市長。市民にとっても職員にとっても厳しい施策を矢継ぎ早に講じながらもその支持率は絶大。まさに尊敬に値する人だと私は思っています。違いはいったい那辺にありや・・・
posted by おさだ at 10:23| Comment(1) | TrackBack(0) |