2006年04月05日

散り行く桜と生命倫理

efd0f6b3.jpg 敷島の 大和心を人問わば 朝日に匂ふ 山桜花   本居宣長

 日本人の大和心とはどんなものかと問われれば、太平洋から出ずる朝日を真っ先に受けるとき(日出ずる国)、豊かな自然の山河に咲く山桜と清く澄んだ空気、その清々しさ。まさにそれこそ日本人の心です。
 といった意味だろうか。

 日本人はなぜこんなにも桜の花が好きなのだろう?
 樹の姿は無骨で、その美しい花はせいぜい一週間。咲き誇ったかと思えば春の風に身を任せて美しいままに潔く散ってしまう、しかしその散り際の花吹雪の美しさ、散ってなを薫るもの・・・

 その生き方と散り方にこそ私たち日本人の死生観を含めた美意識が象徴されているのではないだろうか?短い時間だからこそその生命は一層輝きを増し、潔く散るからこそその余韻は永く残される。
 比較することは愚だが・・バラの花も美しい。しかしその身に棘を宿し、なかなか散らずしおれ黒ずみ、それでもなお死を恐れるかのように幹にすがろうとする姿。桜花のそれとはまったく異質なものです。

 田畑を耕し、自然の恵みに命を頂き、自然に帰す木の家に住み、四季を愛し、雪の白さに美を見出し、虫の音色に風情を知る。瑞穂の国日本人は世界に類を見ない素晴らしい民族だと桜の花が教えてくれるようです。

 思えば世界の中で最も早く万葉集をはじめとした数多くの文学を編み、統一国家を樹立し、江戸にあってはゼロエミッションを実現し、維新を成し遂げ、開国からわずか30年ほどで欧米に匹敵する軍隊を持ち、米国に敗戦して国家も人心もずたずたになってもわずかの時間で世界第二位の経済大国にのし上がる。こんな国家こんな民族が他にあろうか?

 話題が若干飛躍しましたが・・・

 いま、世間では医師による安楽死の問題が殺人と騒がれています。しかし一方で延命に重点を置く終末医療に疑問を感じている人は多いはず。
 もとより限りある命。その運命を潔く受け入れ、死を恐れず、短い命だからこそ輝きをもって生きてゆこうとする桜花の教えに従い私たちはもう一度生命倫理というものについて考え直すべきときに来ているのではないでしょうか。

(参考文献)
武士道    新渡戸稲造
国家の品格  藤原正彦


 
 
posted by おさだ at 08:30| Comment(0) | TrackBack(0) |