2006年10月04日

安倍内閣について

 まだ何もやってないうちから足を引っ張るような日本のマスコミの風潮には相変わらずがっかりさせられますね。特に朝日や毎日の報道ぶりにはまったく言いも言ったり「安倍学園祭内閣」とは・・・いったい一国の政府の重みというものをいかように考えてのもの言いか?

「美しい国・・」というフレーズがそれなりに浸透してきているようですが、「保守」という感覚について私達はここでしっかりとおさらいしなければならないと感じます。
 言葉は生きていると言いますが「保守」という言葉一つとっても戦後から東西冷戦終結までの間に言われていた保守と、今の保守とでは意味がまったくちがったものと言えそうです。つかて保守とは革新との対極にあって資本主義と自由主義を堅持する、言わば体制の選択肢として用いられた言葉であります。また同時に守旧的、封建的といったイメージも内包していたと思います。

 しかし、今の時代で言う保守とは「戦後民主主義の中で希薄になった規範意識を呼び覚まし、国民個々が社会を形成する一員として自由と表裏一体をなす責任を自覚し、秩序を保ち続ける社会」と私は定義しています。それは同時に家族の絆や長幼の序、社会奉仕といった概念が具体的な施策となって位置づけられていくものと期待をしています。そしてそれはだれもが否定しえない普遍的な概念であると思うのです。

 しかし、残念なことにかつて保守と対峙していた「革新の人々」には近代的な保守の感覚に対抗できるような概念を見出せていない。哀れとしか言いようがないのですが、保守だ!保守だ!と言いつのれば国民が20世紀的な保革対立の時代と今を混同して、また昔日の思い出のように保革の闘争に持ち込めるのではないか?とでも思っているかのように・・・今日の神奈川新聞のコラムなどにはその辺の悲哀がよく表れています。

 決して独裁的な政治を望むわけではないし、今の社会システムの中でそんなことできようはずもないのですが、私は官邸主導による強いリーダーシップに基づいた改革の続行を望み、国民が高い倫理観と規範意識を持ち自由のもたらす恵沢を享受できる社会を、その礎を築いて頂くことを安倍内閣に望みます。
posted by おさだ at 08:17| Comment(0) | TrackBack(0) |