2009年04月06日

北のミサイルが落として行ったもの

 北朝鮮のミサイル発射に緊張が走った週末。神奈川県も不測の事態に備えたし、私たち議員も常に情報が伝達される体制がとられた。

 結果として昨日わが国の頭上を飛んで行った飛行体に私たちは何もすることができなかったわけだが、結果としてこの飛行体が私たちの国に落として行ったものは「危機管理に対する意識」ということだろう。

 PAC3という迎撃システムはあまりにも無力であることがわかったし、誤探知で世界に恥をさらし、日本の自衛隊がどういう程度のものであるか、その一端が明らかになった。

 ここで私たちが恐れなければいけないのは、ヒステリックな反応というものではないか?
 日ごろ勇ましいようなことを言っているいるのに限っていざ喧嘩が始まると逃げ腰になるし、逆におとなしいやつが泣き始めると手に負えないほど暴れたりするもの。
 野党の党首が事前の国会審議で、「打ち落としたミサイルの欠片が落ちてきたらどうする?」と防衛相に詰め寄っていたのを見たが、あの勢いでは「なぜもっと高性能な武器を備えておかなかった!」と言い出しはしまいか?と逆に心配になるし、自衛隊を信頼していた保守派は「こんなに予算を使ってこの程度なら・・」と投げやりになりはしまいか?

以下、田母神前幕僚長の言を長田なりに解釈したもの。
 具体的な危機を前に文民統制(シビリアンコントロール)の必要は揺るがないが、軍のイロハも分からない者(文民)が戦闘現場のオペレーションまで口を出そうとするのはかえって危険。戦闘というものがどういうものかを知っている者だからこそできる戦闘の回避がある。ちなみに、かの大戦を巻き起こしたヒトラーもルーズベルトも文民であったことを忘れてはいけない。
posted by おさだ at 08:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治