2013年02月20日

レ・ミゼラブル

 昨日、県議会定例会開会。

 一年の予算を決める、勢い込んで向かった議会だったが、新年度予算案にも、知事の演説にも、パッとしたものは見当たらない、拍子抜け議会となりそうだ。

 昨日の神奈川新聞の社説に書かれていた一文が目を引いた。「県有施設の全廃」「補助金の一時凍結」(中略)マインドを冷え込ませる言葉ばかりが独り歩きしてしまったことは残念だ。(後略)
 確かに県の財源不足は深刻だが、先に大変だ!と悪い面をしかも誇大に強調してしまってから経済のエンジンを回すぞ、と意気込んでみても・・・民は反応できない、それは政治家の論法として逆なのだ。

 900万県民にとって雀の涙ほどの県予算などより、900万県民の気持ち(マインド)がどう動くかの方が、よほど経済的なインパクトと税収に及ぼす影響が大きいということが知事には分かっていないらしい。

 朝鮮学校補助金を予算案に盛り込まないという問題について、知事の演説に注目したが、1時間近い演説の中でわずか一行「朝鮮学校への補助金は予算案に計上しないことと致しました。」と、触れただけにとどまった。これだけ県民の注目を集め、賛否の拮抗している問題に決断を下した為政者としてそれで良いのか?と、思ったのは私だけだろうか?
 領土だ日の丸だと、にわか右翼も巷に跋扈する昨今、恐らく議会の側からも個々に知事サイドに対して様々な意見が寄せられていよう。いずれにせよ知事が決断した以上は議会としてはそれに対して“決”を採り態度を決め、決めた以上はブレず断固として方針を貫かねばならない問題だ。従って少なくとも知事のハラのうちと補助しない理由付け(理論構成)がどこにあるのか?そこはしっかりと表明する責任が知事にはあるはずだ。

 それで・・そのハラだが・・。やはり神奈川新聞に書かれた「盾になる気うせた」という記事にはがっかりさせられた。これが黒岩さんのハラか・・・。
 今回の核実験を機に、「朝鮮学校と北朝鮮は関係ない、と県民に理解してもらう自信がなくなった。盾になり続ける気持ちが失せた。」と言う。
 これまで朝鮮学校は何とかして守りたいと大変なリスクがあるなか体を張ってきた(要約)・・。のだそうだ。
 
 恐らく本人が思うほど盾にも矛にもなっちゃあいないのだろうが、こんなことは政治家が、たとえテロの標的になったとしても言ってはいけない、情けない言葉だ。「弱気になるくらいだったら最初から言わなきゃいい。」震災ガレキもそう、この二年間何度も彼に対して抱いてきた思いだ。

 盾になってやる気が失せた・・と言われた子ども達の気持ちはどうなるのか?

神奈川新聞の記事
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1302180029/
posted by おさだ at 08:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感