2020年02月23日

緊急事態条項

「今はまさに、憲法改正の必要性を肌身に感じずにはいられない毎日です。」
 昨日「女性のための憲法カフェ」という集いに参加し、参議院議員の有村治子さんのお話を聞かせて頂き、私も冒頭のような話をさせて頂きました。
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 ダイヤモンドプリンセス号が横浜の港にやって来て以来、神奈川県の担当職員は不眠不休で事態に対処しています。もちろん横浜市もそう、厚労省や医師の皆さんも・・。
 県の職員を見ていると、その様子は日に日に疲弊し気の毒なばかり。彼らは感染者や感染の可能性のある人たちと接すれば「自らの感染」というクスクを負うことになります。そうなれば家族のもとに帰ることすらも危険を伴うことになります。

 もっと早く乗船客を下船させるべきだったとか、今となっては色々な事が言われます。でも、感染者は隔離するという決まりを覆すようなことをしていれば、後に責任を問われかねません。感染者や医療機関や様々な情報をどんどんと公表した方が感染経路を特定したり、接触した可能性のある人への注意喚起もできますが、そこでは国民のプライバシーを守るということについて、かなりの配慮が必要となります。そう言えば、武漢から第一便のチャーター機で帰国した人の中で、二名の方がウィルス検査を拒否したと報じられました。これについても強制ということはできず、説得が行われました。

 中国のような国では武漢の街から「出てはいけない」「入ってもいけない」「列車は止めろ、飛行機も」と政府の判断で強い手段をとることができます。しかし、我が国で同じことができるでしょうか。例えば今回相鉄線沿線の地域で感染者が増えています。だから相鉄線の運行を2週間止めます。などという措置をしたら、きっと後に「憲法違反だ」と訴えられることになるでしょう。「国民の自由と権利を奪った」ということで。こうしたことを恐れて現場が必要な手立てをとれないといったことは東日本大震災などの災害時にも起きています。例えば救援車両の行く手を阻む放置車両や倒壊した家屋の撤去一つをとっても、同様の理由から手が出ないということがあるのです。

 こそで、世界の多くの国々が憲法に定めているように、「国民の命が危険にさらされるような緊急事態が起きたとき政府は、個別の法律を越えた超法規的措置を講ずることができる。」ということを私たちの国の憲法にも定める必要がある。これを緊急事態条項と言います。

 憲法に「平和を守る」と書けば国が平和になるわけではありません。「平和を守れる仕組み」を憲法に入れ込まなければ国民の命を守ることはできません。むしろ、時代に合わない機能の不十分な憲法(個人の自由に重きを置き、緊急時にも全体としての必用な措置がとれないような面が強い事など)は国民の命を危険にさらす可能性もある。そういうことだと考えています。

 もっとも、緊急事態だと判断して、超法規的な措置をとるという「私たち国民が選んだ政府」自体を信用することができない。という人からみれば「こんな危険な法は無い」ということになるのでしょう。

posted by おさだ at 09:10| Comment(1) | TrackBack(0) | 日々雑感
この記事へのコメント
正直言って、今回の武漢ウィルスに対する政府の対応は「超下手糞」の一言です。

反政権側の医師の告発動画などが話題になっていますが、そもそもチャンとした対応をしていればこんな動画、出てくる訳がありません。
二階氏、都知事の小池氏、二人ともさっさと防護服やマスクを大陸に寄付しているが、国内で足りなくなる事を想定していないのだろうか?正直言ってかなり激しい怒りを覚える。国民をなんだと思っているのか?守る気があるのだろうか?

当初は安倍政権なら危機管理能力は高いだろうと期待していたが、この期に及んでもまだ習近平を未だに国賓として迎えるなどとほざいているよでは、頼りにならない。

武漢ウィルスの感染者の動画をご覧になった事ありますか?路上や市場、腰掛けながらでも、いきなりバタンと倒れるんですよ。日本政府や役人はどれだけ舐めてるんだ。戦争をしない事は大切だが、これだけ平和ボケ過ぎると戦争以上の惨禍を招きかねない。

これは天災ではなく、明らかに日本政府と官僚の人災だと思う。
Posted by suetsugu at 2020年02月23日 12:54
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