2020年09月04日

派閥について

 自民党の総裁選で主要派閥の推薦を受けて最有力とされる菅さん。マスコミは密室の派閥政治が再来すると書きたてます。でもどうだろうか。確かに昭和の頃の自民党の派閥政治にはひどい面があったと私も思います。あの頃は衆議院議員の選挙区が中選挙区でしたから、一つの選挙区から自民党の候補者が2人、3人と立候補し、自民党の候補者同士で血みどろの戦いをしたものです。各々の候補者には派閥の後ろ盾があって、派閥を介して業界、団体の取り込み合戦を演じ、そこには現金も利権も動く。選挙に当選してからも派閥間で大臣などのポストを取り合い、業界の利権をめぐって争い、足を引っ張り合い、政策すらもつぶし合う、そんな構図がありました。当時その派閥の中で「鉄の結束」なんてヤクザみたいなことを言って最強を誇ったのが田中角栄率いる七日会。それに挑む福田派との角福戦争。三木降ろし。お公家集団の宏池会、風見鶏と言われた中曽根派などなど・・例えば角栄氏のロッキード事件などもそうした派閥の争いの中で生まれた陰謀だなどと言われたものです・・。昔日の思い出と共に、なんとなく当時のことを思い出して頂けたでしょうか。
 そんな派閥の悪しき面が今の国政にあるかと言えば・・少なくともマスコミを賑わすようなことは久しく耳にしません。小選挙区制の導入とバブルの崩壊、二度に渡る自民党の下野といった歴史の中で自民党の派閥にあった悪しき側面はもはや無いと言えると思います。でも、いまだに派閥があるのはなぜ?と、疑問に思いますが、400人近くもいる自民党所属の国会議員の、多様な意見を集約するという意味で派閥は有効に働いています。あるいは政策的な研修会を行なったり、(昔に比べたらわずかな)政治資金を集めたり、落選した時の助け合いなど、互助会的な役割を派閥が果たしているためだと思います。
 同じ神奈川だからと菅さんを擁護するわけではなくて、そんなことを知っていながら書き立てるマスコミが少し滑稽に思えたもので・・。

 先日所用があって東京の目白へ行く機会がありました。そして、仕事の合間にあの田中御殿を見に行ってみたのです。しかしそこには、あのテレビで繰り返し見た、黒ぬりの車が出入りする豪奢な面影はなく・・「田中」という表札と門柱、わずかな敷地を残してあとは文京区の児童公園になっていました。相続税を払うために売却されたとか・・時代はうつろうものですね。
 立派な表札を見ながら、岸田、石破、菅・・この三人があの角栄時代の政治の中にいたら・・なんて詮も無い思いを巡らせてみたり。

 今日も暑いのでお気を付けて!

posted by おさだ at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/187874123
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック