「若者が変化を望み、老い人がそれを恐れた」
今回の選挙はそういう事だったのではないかと考えてみる。
私の地元では「物価高と戦う」と言う野党の現職候補に、与党の31才新人は「戦うべき相手は物価高などではない、萎縮してしまった国民の心だ」と訴えた。
応援のためにマイクを握った若者は、カナダに3年間留学していたと言い「外国では自分のことをズケズケと言わないと何もできない。謙譲の美徳なんて日本だけのことだよ。だから日本はもっとはっきりと外国に言うべきだ」と訴えた。
私はそんな若者の訴えを頼もしく感じつつも、そこはかとない不安も感じる。でも大切にされるべきは、これからを生きる若者の意見であろうとも。
省みれば、これまでの日本の政治は「なあなあ」が過ぎたという気がする。与党も野党も。
無理の無い政策と形ばかりの反対。そして現状維持。
30年もの間停滞してしまった日本社会と日本政治。私などはその時代の申し子のようなものだけれど、今回の選挙で「挑戦しない国に未来はない」と訴えた高市総理に国民の、特に若者の支持が集まったのは自然なことのように思える。
高市総理は言う。
緊縮思考を脱して積極財政へ転換しましょう。
危機管理投資や成長投資をして強い経済を作りましょう。
現代の国情に合わせて憲法を改正しましょう。
外交・安全保障政策も次世代エネルギー政策もインテリジェンス機能も強化しましょう。
きっと若者は思う。
「あたりまえじゃん」
そして老い人は不安になる。
※老い人という表現は、年齢的なことではなく、挑戦する心を失い、保守的になった精神的なありようを言いました。
2026年02月10日
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失敗したって、またやり直せば良いんです。若さの特権です。
経験があるから、考え過ぎて進むことができないのが老いた者の悪いところ。
経験則から失敗を恐れて、進むことさえしない⋯させない。それが老害です。
国民の意思は出ました。
あとはもう、狡猾なことは考えずに一致団結して前に進むことです。