2008年09月23日

蟹工船

 小林多喜二の蟹工船が売れ、共産党に入党する若者が増えているという。誤解を恐れずに言うなら私はなかなか喜ばしいことだと内心思っている。(相当誤解されるだろうなぁ・・・)

 私も高校生の頃この本を読んだし、このプロレタニア文学者を虐殺した帝国日本政府を憎みもした。当時は世の中の底辺で苦しみながら生きている庶民を善とし、為政者や金持ちを悪だと思った。マルクシズムとかオルグなんて言葉を好んで使おうとしたし、大学生になったら学生運動の活動家になりたいと思ったものだ。(ちょっとマセたガキだったんだなぁ・・)

 それが若さというものだしそんな自分を恥じてはいない。いやむしろ政治なんていうものは批判から入るのが正道だとすら思っている。若いときから与党とか体制の側に立ってものを考えるのはむしろいかがなものか?若いときは色々なことに疑問や不満を抱き、ただ今そこにある大きな、権威的なものにつっかかってみたり、ぶっ壊してみたいと思うのが政治参加の入り口であって良いのでは?

 ただ、齢を経る中でそれが(そういう立場が)やがて変化をしていくだけなのではないだろうか?黒髪に霜の降りるころになれば批判するより批判される側に立ってたいもの。それが私なりの正道だと思っている。

 今、自民党政府は激しい批判を受けている。その批判、どうやらただ事ではない雰囲気を感じる。この批判の正体が若者のそれであるなら心配はしないのだが、むしろ私などよりも年配の方たちのものだとするならばそれは大変危うい、自己否定をはらんだ批判となりかねない。
posted by おさだ at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治
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