2011年02月24日

政治の現実

 知事は三期まで。と多選を自粛する条例を自ら提出し、制定したのは松沢知事自身。しかし、彼はそのことで自らの弱体化を招いてしまっている。

 オバマだってカダフィーだってトップというのは孤独な存在である。一たび弱気や弱点を見せれば敵方に攻め入られるか、足元から政権は崩れる・・・それが政治の現実である。
 ましてトップがあと少しで居なくなると分かっていれば、わざわざ忠義を尽くす者もいなくなれば、人々の心も離れるし威圧も効かなくなる。特に役人組織などはそうした傾向が強い。むしろ関心は次はだれに・・・の方向へ向かい、次の政権に嫌われないことを念頭に行動する。つまり終点の見えたトップは惨めなものなのだ。欧米ではこれをレイムダックと呼ぶ。

 昨日、私が行なった県議会での一般質問。ブンヤさんの耳にどう聞こえたかは分からないが、神奈川新聞は小さな記事にしてくれた。

 三期までと決まっている知事の三期目には弱体化と忘却の現実が待っている。松沢知事とその側近の危機感が実は今回の都知事選転出という噂のコアだと見えるのは私だけだろうか・・・。
posted by おさだ at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感
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