2006年11月16日

硫黄島にて

ee83678d.jpg 米国のブッシュ大統領が、イラク戦争を正当化しようとするとき引き合いに出す話に硫黄島がある。大東亜戦争末期、米軍海兵隊と本土を死守しようとする日本軍との間に繰り広げられた米軍史に残る激戦のことである。イラクとの戦いも日本との戦いも独裁者から国民を解放する聖戦であると言いたいのだろうが、今や同盟国としてパートナーシップを組んでいる日本国民に対してあまりにも無神経な発言だとは思わないか・・・・

 折りしも「父親たちの星条旗」という映画が公開されている。クリントイーストウッドが監督し、硫黄島での激戦と戦争遂行のために米国政府によって英雄に仕立て上げられた青年の葛藤を描いた映画である。

 映画の中で年老いた主人公が語る。
「戦争を知らないやつほど戦争を語りたがる。本当に戦争を知っている者は何も語ろうとはしない。だれもがその悲惨さを忘れようとしているから。戦場に英雄などいない・・・」

 写真は二十歳のころの私です。60℃にもなる硫黄島の地下壕から戦没者の遺骨を回収する作業を行なっている様子。左の青シャツの人が当時の厚生省の職員で手前に自衛官の姿があります。

 あの激戦を生き延び、今は年老いた兵士の記憶をたどって新たに発見された地下壕を100メートルも進んだところに服を着たまま、自決したと見られる兵士の遺体がいくつもありました。母に宛てた手紙を見ました「母上様、妻やみんなは元気でおりますか、○○はもう学校に通うようになったのですね。母上様、毎日玉ねぎばかりを食べています。母上様・・・・」

 私の右手の先にあるのはその人の頭蓋骨。40年ぶりに外気を吸い、青空を見上げているようです。

 硫黄島が陥落してから米軍の飛行機による本土の空爆が行われるようになり、やがて原爆投下へとつながっていきます。
 南海の孤島、この小さなこの硫黄島を守る日本の指揮官、栗林中将は兵の玉砕を覚悟しながらこう語ったそうです。
「本土の私達の妻や子がたとえ一日でも安寧に暮らし生きながらえるなら、私達が玉砕を覚悟で死闘する意味はある。」

 果たして・・・この人が40年ぶりに今の日本を見たら何と思うだろう。

 3日で落ちると米国が言った硫黄島はその後37日に渡る激戦をすることになり、実に多くの若者が命を落としました。
 



 
posted by おさだ at 09:25| Comment(2) | TrackBack(0) |
この記事へのコメント
おさだ先生。時間があるときに『安岡正篤の研究』(明窓出版)を読んでみてください。ひたむきに努力される先生を応援する支持者より。先生頑張れ!
Posted by 応援団 at 2006年11月19日 09:27
書き込みありがとうございます。
是非読んでみたいと思います。
ちなみに安岡先生の著書については「百朝集」という本を若い頃読みました。
日本の政治家にとって近代政治の哲学を打ち立てた人と認識しています。
Posted by おさだ at 2006年11月20日 10:19
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