2006年11月13日

自殺問題

 またしてもイジメに関係して子どもが自殺し、そして校長が自殺。
 子どもに関するこういう問題は“連鎖”することをみんな知ってるはずなのになぜマスコミは過激な報道を繰り返すのか・・・・報道の自由とはよく言ったものだが、お前たちそれじゃ金儲けのためにやってるだけにしか見えないぞ。

 マスコミの問題はさておこう。

 最大の問題は校長までもが、自殺をもって償おうと考えたり、自殺をもって報復しようとしたり、自殺をもって何らかの意思表示をしようとすることの無意味さ、残される者が味わう苦しみといったものを理解していないということではなかろうか。わが子に死なれ、イジメを放置したと抗議した校長に死なれた親の気持ちを思えばそんなことはできまいに。

 もはやこれはイジメ問題ではなく、“自殺問題”であり、生命倫理の問題なのではなかろうか・・・

 実はかく言う私も自らの命の終え方は自分で決めたい。死に方は各人の意思が尊重されて良いのではないかと考えているフシがある。しかし、それが報復であったり責任逃避の手段であってはいけないということが大切ではないか。人はただ生まれ、人はだれもがただ死んでゆく、そこに特別の意味など無いし、特別な意味などを持たせてはいけないのではないかと思うのだ。
 死後のことなどだれにも分からない。現実を忘れられる楽園なのか?償いのできるような地獄なのか?だれも知らないのだからそれはやはり償いにも逃避にもならない。ただただこの苦しみばかり多い現実の人生を生きている人に更なる苦しみを残すような死はイケナイのだ。
posted by おさだ at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) |
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