2006年06月07日

性悪説と性善説

 警視庁の幹部がホームセンターで万引きをしたり、アパートの一室から遺体が5つとか、我が子を失った母親が近所の子どもを・・・・こうした事件の報道に出会うたびに思うことは「やはり人にはだれしも生まれながらにして宿ってる“悪”がある。」ということ。
 私自身に置き換えてみても政治家は目指しているものの決して聖人君子でいられるわけではない。これまでの来し方を思っても「よくここまで・・・」と、息を殺したくなるような行ないも無かったわけではない。これからだって・・・・

 人は誰しも罪を犯す種を心のうちに秘めながら生きている。だからこそよくよく警戒し、罪の種子に水をやらず芽吹かせないように日々を生きていこう。そういう考え方で社会をリードしなければならないときなのかもしれない。性善説が理想で性悪説が現実なのだ。

 共謀罪が国会で成立する見通しである。また一つこの国は信賞必罰の趣(おもむき)が強まった。犯罪の萌芽と刑罰の強化は互いに身の丈を競い始めているような気がしてならない。行き着くところはどこなのだろう。

 
posted by おさだ at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) |
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